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「信じるか、疑うか」
上の写真に写っている羊は左から杉山(北村一輝)、太田
(優香)、栗本(市川実日子)、福元(水澤紳吾)、大野(田中泯)、宮腰(松田龍平)、そして雨森(中村有志)。市に連れてこられた受刑者6人+釈放された1人の計7人が、迷える子羊を象徴しているのである。
そして、黄色い犬は紛れもなく、迷える子羊たちに翻弄される犬キャラ、月末一の象徴であろう。実際に、羊のショーンでは犬は牧羊犬として羊たちを見張っているのが仕事なのである。
そして、メガネを掛けている男性は牧場主として現場を仕切る人間として、吉田大八監督を象徴しているのは言うまでもないだろう。そして、議論が巻き起こっている「羊の木」の正体とは、、、、
まさか本作が羊の木とこれだけ共通点があるとは、誰しも想像し得ない驚愕の事実である。妄言と呼ぶ者もいるかもしれない。しかし、最後にこれだけは言わせて欲しい。
「信じるか、疑うか」
ってうっそぴょーーーーん(・ε・)!!!!!
こんにちは! Machinakaです!!
今回批評するのはこちら!!
「羊の木」
吉田大八監督の最新作と聞いて、見に行かない映画ファンはいないのでは?
前作「美しい星」に引き続き、ジャニーズ俳優を主演に迎えて商業映画としての体裁を保ちつつも、監督の作家性を十二分に映画に反映させる力の持ち主。
もはや日本を背負って立つ映画監督と言っても過言ではないはず。
それに、私がインタビュー(間接的に)した唯一の監督でもありますし、個人的に親近感が湧くのです。
それでは「羊の木」批評、いってみよーーーー!!!
[あらすじ・見どころ]
「桐島、部活やめるってよ」の吉田大八監督が錦戸亮を主演に迎え、山上たつひこ原作・いがらしみきお作画の同名コミックを実写映画化したヒューマンミステリー。寂れた港町・魚深にそれぞれ移住して来た6人の男女。彼らの受け入れを担当することになった市役所職員・月末は、これが過疎問題を解決するために町が身元引受人となって元受刑者を受け入れる、国家の極秘プロジェクトだと知る。月末や町の住人、そして6人にもそれぞれの経歴は明かされなかったが、やがて月末は、6人全員が元殺人犯だという事実を知ってしまう。そんな中、港で起きた死亡事故をきっかけに、町の住人たちと6人の運命が交錯しはじめる。月末の同級生・文役に木村文乃、6人の元殺人犯役に北村一輝、優香、市川実日子、水澤紳吾、田中泯、松田龍平と実力派キャストが集結。「クヒオ大佐」の香川まさひとが脚本を手がける。
この映画は2012年にプロデューサーから打診されたものであり、原作から大幅に脚色を加えております。構想を練るのに今作の脚本を務めた香川まさひとさんと2年以上費やしたのだとか。
ちなみに、堺雅人のコメディ演技をいち早く世に知らしめた同監督の「クヒオ大佐」でも脚本を務めており、これが二度目のタッグです。
監督はインタビューの中で、原作付き映画について自分が関われる余地について語っており、一番大きく関われるのは脚本だと言っています。
原作付きの映画では脚本ではなく、脚色というふうに言い換えられるので、吉田大八が原作付き映画で関われる余地=脚色であると言えるでしょう。
今作は原作漫画と大きく異なる部分が多く、監督の脚色の力が大きいのです。
例えば、主人公の月末のキャラ造形。漫画では中年メタボおやじなのに、今作では超の付くイケメン。。。実は私、ジャニーズの中で一番イケメンだと思ってる錦戸亮さんが演じているのです。
そして、そもそも漫画では主人公が市長らしいのです。
また、市に受け入れる犯罪者も、原作では11人の犯罪者も今作では6人と数が違う。しかも、映画では6人全員が殺人で刑務所に入れられていた、という恐ろしい設定に、、、
これ、原作を通り越して別の作品なんじゃないか? と思ってしまうほどですw
監督としては、原作付きの映画であっても自分が大きく関われる余地がない映画は撮りたいと思わない、とも語っており、原作付きであってもオリジナリティを大切にするのだなぁとまじまじと感じるところでありました。
あと、作風で言えば、原作は絵のタッチもあってコミカルなのに、今回は暗いしな、、、
さぁ、原作と映画の違いについてアレコレ語ってもキリがない、ということで、、、
それでは映画の感想でっす!!!!
nbsp;
[映画の感想]
・一言感想
一貫した宗教的メタファーが散りばめられながらも、吉田監督の音楽的センスが光る地方ディストピアの傑作!!
・解説
はい、羊のショーンでいじってしまって大変申し訳ないのですが、非常にドキドキ・ハラハラできるサスペンスとなっていたと思います。
本当に面白かった!!
先に解説っぽい解説をしておくとですね、本作「羊の木」とは、イギリスでは木綿は羊から取れる、と信じられておりました(そんなわけないのですがw)。
この盲信とも思える「人間の信じる」という純粋さと脆さを象徴したタイトルが「羊の木」であるのです。なぜ5匹なのかというと、太田・栗本・福元・大野・雨森の元殺人者の5名であり、この5人の共通点として「魚津市に来て以来、殺人を企て実行していない元殺人者」であるのです。
この5人はのろろ様という神様によって、救済が行われた。赦しを得たのです。杉山は殺人を企画し、宮腰はまんまと引っかかって殺してしまった。加えて、のろろ様を堂々と見てしまったのも杉山・宮腰だけ。市民は絶対にのろろ様を見ないのに、2人は掟を破って見てしまった。
つまり、この2人はのろろ様の言い伝え=村の掟を破った、という事になります。
さらに、突き詰めていくと、この羊の木を植物として具現化したものが「バロメッツ」というヨーロッパで流行した都市伝説的な想像図が挙げられます。
これが映画のラストにて市川実日子さんの自宅前に咲いていた芽の象徴であると思われます。5人の救済者が決まってようやく咲いた一つの芽。5匹の生物を土に埋めたのは、、、お供え物なのかな?
[6人のキャラクター、みんな違ってみんな良い]
6人ものキャラクターがいて、それぞれ背景を過不足なく説明し、キャラ造形を行えた点が素晴らしい!! どのキャラクターも被ってないんですよね。。。
特にですね、宮腰のキャラクターはいわゆるサイコパスで、彼だけ殺人の動機がないんですよね。彼はサタンの象徴なのかな? つまり純粋なる悪の象徴で、殺人に一切の動機がない。殺したいから殺す、悪いことだから悪いことをする。という「純粋な悪」が宮腰だったと思います。
残りの5人にはちゃんと動機があって、杉山はお金のためや自己顕示欲を満たすため。他の受刑者はいわゆる「怨恨」の殺人ですよね。まぁ、、優香はまさかのドン引きSMプレイに興じていたわけだけどもwww はぁ、、せっかくなら濡れ場あったらなぁ、、、、
これらのキャラクター紹介を、普通人である月末を核としてスムースに紹介していた点が素晴らしい!
月末は受刑者を迎えるために車で駅まで出向き、受刑者を車に乗せて「いいところですよ。人もいい、魚も美味しい」と全く同じセリフを6人に対して話す。
そのセリフに対する反応によって、各受刑者の性格が一目瞭然に分かるのは、非常に手際の良い手法だったと思います。アガります。
[主人公の錦戸くんがとにかく良い!]
主人公の名前は月末一(はじめ)。変な名前ですよね。
なんだよ月末ってw
ただ、よくよく見てみると、「末」という文字と「羊」の文字。どこか似てますよね。。
末という字を逆さにすれば、どことなく「羊」に似るでしょう?
つまりですね、主人公は羊とは対照的に、普通人を演じ切ってくれたおかげで、受刑者の異常性がより際立つ作りとなっている。観客を代表する普通人が錦戸亮くんなのだと思います。
あ、これだけ最後に言わせてください!
優香まだまだエロいぜヤッホイ。:.゚ヽ(´∀`。)ノ゚.:。+゚
はい、これでアメトピに載る確率が限りなくゼロに近づきましたねw
だってしょうがないだろ!! まだまだイケる口でしたよあれ!!!!!
おじいさんになったら、老人ホームに入ろうか本気で考えてしまったMachinakaでした、、、、以上!!!!!
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過疎情熱発電所
安芸太田町、北広島町ともに広島県山県郡(やまがたぐん)に属し、
県北西部の県境の山間部に位置する町です。
町の北側が島根県に隣接しているのが北広島町です。
安芸太田町(あきおおたちょう)は、2004年10月1日、
山県郡加計町、戸河内町、筒賀村の2町1村による合併(新設合併)で誕生しました。
他の中山間地と同じく一次産業の衰退、過疎化、少子化と難題を抱えています。
北広島町(きたひろしまちょう)は、中国山地の1000メートル級の山々が
島根県との県境に連なっています。
太田川と江の川水系の源流域にあたり、手付かずの自然が残っています。
標高774mの東八幡原にあるアメダス八幡は、西日本最寒の地とも言われ、
1977年2月19日には-28.0度という低温が観測されています。
安野小学校(2005年休校、2008年閉校)
広島市安佐北区から国道191号を太田川に沿って上流へと
進みます。
安野トンネルを抜けて支流と分岐する場所にさしかかると、
堤防に赤茶色の屋根の美しい木造校舎が見えました。
正面の壁時計は、八角形の枠で美しく装飾されておりますが、
生徒達の手作りの卒業記念作品と思われます。
「清純」「創造」「友愛」とあります。
正門の閉校記念碑をみると、中学校も併設されていたようですが、
2005年に廃校となっております。
1991年度の在校生徒は24名でした。
PS) 2016年3月で校舎は撤去されたようです。
津浪小学校(2016年3月閉校)
国道191号をさらに進み、安芸太田町津浪地区の高台にあります。
白黒斑の瓦屋根にベージュの壁の美しい木造モルタル校舎です。
津浪地域は、中央部に標高440mの丸山があり、北東部から北西にかけて
山なみが接近していて、その間に扇状地が発達しています。
農耕地はこの扇状地に開けていますが、急な斜面と狭隘な地形のために、
あまり広い耕地はありません。
学校が地域のセンター的性格をもち、郷土芸能である神楽、
太鼓踊りの伝承の場にもなっております。
廃校ではありませんが、3学級、全校生徒10名のみの小規模校です。(2014年4月)
※追記:同校は2016年3月31日を以って閉校となりました。
猪山(いのしやま)展望台からの景色
旧加計町中心部から国道186号を北上します。
約10分で「猪山展望台」の標識が現れ、高台に登ってみると
素晴らしい眺めを堪能できます。
写真に写っている湖は温井ダムで瀧山峡大橋がダム上流部に
架かっているのが見えます。
猪山(いのしやま)小学校跡地(2009年閉校)
訪れたときは、既に更地となり校舎は姿を消していました。
古い開学百年の石碑と新しい閉校記念碑が建っていました。
門柱だけ往時のまま残っておりました。
お墓のような閉校記念碑には、無念に満ちた言葉が
何もない敷地に響き渡っていました。
「134年の学舎の灯が消える」
杉之泊(すぎのとまり)小学校(1998年休校、2009年閉校)
加計地区に戻り、県道305号に入ります。
沿道から薄いピンクの校舎が見えました。
山間部の小集落の学校です。
こちらも、立派な閉校記念碑が建っていましたが、
猪山小学校と同様に134年の歴史を閉じたとありました。
1991年度の在校生徒は10名でした。
寺領(じりょう)小学校(2008年閉校)
県道305号を寺領川に沿って進んでいくと、
錆び交じりの青いスレート屋根の校舎がありました。
ここにも閉校記念碑が鎮座しており「懐郷」とあります。
巣立った生徒達が故郷を懐かしむのは何年後のことでしょう。
幼稚園も併設されていたようです。
1991年度の在校生徒は13名でした。
井仁(いに)の棚田
旧筒賀村井仁集落に広がる棚田です。
平成11年(1999年)7月26日に広島県から唯一、農林水産省の
「棚田百選」に選ばれました。
案内には324枚とあり、千枚田ではないですが、石積の棚田は珍しいです。
先人の労苦が偲ばれます。
棚田は機械が出入りできないため、生産性も悪く後継者もいない等の
問題があると聞きますが、保全・伝承していくのは並大抵ではありません。
井仁(いに)小学校(1975年休校)
棚田を眺めながら奥に入っていくと突き当たりに2階建ての
木造校舎があります。
年季の入った門柱と表札です。
棚田の景観に調和するかのように石垣に校舎が建っていました。
休校になってから、ずいぶん長い歳月を経ておりますが、
思った以上に校舎はしっかりとしていました。
打梨(うつなし)小学校(1971年廃校)
国道191号をに戻り、安芸太田町役場を過ぎ県道296号に入ります。
人家も疎らな狭い道を突き進んでいくと、原っぱのような広場に出ます。
そして、年代の異なる平屋の木造校舎が忽然と姿を現しました。
寄棟造りの新しい建物は、屋根や窓を改築され集会所となっていますが、
切妻造りの古い建物は下見板張りの木造校舎です。
間違いなく往時のものと確信しました。
同時に、このような山奥で現存する廃校舎に遭遇し感動しました。
打梨集落
隠れ里といえる秘境です。
那須小学校(1971年廃校)
打梨と同じく秘境の集落です。
周囲の状況から、入母屋造りの平屋の建物が
小学校校舎であったと思われます。
現在は「那須ギャラリー」となっておりますが、
ここまで見に来る人は少ないと思われます。
四合小学校(1969年廃校)
国道191号に戻り、三段峡の入口の川手集落にあります。
沿道から重厚な建物が見え立ち寄りました。
四合という地名は地図に載っていません。
旧戸河内町の頃には存在したのかもしれませんが、詳細不明です。
現在は、「四合生活改善センター」として使用されています。
松原小学校(2008年閉校)
国道191号
北上し、北広島町との辺境の松原地区にあります。
沿道右手に「神楽の里」の看板があり、左手に木造校舎がありました。
神楽には宮廷神楽と里神楽の二種類があり、後者の流れをくむ石見神楽(島根県)は、
広く中国地方一帯へと伝わり、現在も芸北地方のほか広く伝わっております。
校舎は、下見板張りの味わい深い木造校舎です。
閉校記念碑には「松原学園」とありましたが、小学校の前身は私学だったのでしょうか。
詳細不明です。
1991年度の在校生徒は19名でした。
さらに国道191号を北上し、辺境の小板集落に着きました。
校庭だったはずの敷地は雑草だらけ、錆びた遊具が寂しそうに
残っています。
平屋建ての木造校舎が長屋のように連なっております。
窓はサッシに改修されていました。
閉校後は民間所有だったのか、窓に会社名が貼ってありました。
人影はありません。
廊下や教室を覗いてみました。
教室には、小さな椅子が一脚だけ黒板の中央に
置いた状態で机もなく殺風景です
生徒は一人だったのでしょうか。。
黒板の上の写真をよくみると、
生徒と先生が一輪車に乗って手を繋いでバランスをとっています。
背景は、先ほど見た平屋建て木造校舎です。
やはり、生徒一人先生一人の山の分校だったようです。
児童が乗っていた一輪車でしょうか、跳び箱と同じ倉庫に
置かれていました。
筆書きの校歌は、年季が入った表彰状のようにも見えました。
松原小学校小板分校(1994年閉校)
最盛期には何名いたのでしょうか。
校舎は思ったよりも大きく二棟ありました。
(一棟は教員住宅なのかもしれませんが。)
最後の一人の生徒はどこで何をしているのか気になりました。
雄鹿原(おがはら)中学校(1968年閉校、現:さつきケ丘保育所)
北広島町に入り、国道191号から307号に進み
国道186号に突き当たった場所にあります。
小学校は鉄筋2階建ての校舎ですが、隣には古い木造校舎があります。
庭先の鯉のぼりやカラフルな遊具だけ見れば保育所と頷けますが、
校舎はとても保育所には見えません。
前身は中学校だったからでしょう。
ただ、品格と温もりを感じる美しい木造校舎です。
春の桜で満開の頃は、一段と美しい光景となることでしょう。
雄鹿原小学校橋山分校(1972年廃校)
国道186号から県道11号へと入り、「紅しだれ桜」で知られる橋山集落にあります。
臥龍山の麓、人家もない寂しい場所に骨董品のような建物がひっそりと佇んでいました。
入口の石段や門柱越しに見た、入母屋風の平屋建て木造校舎は、とても味わい深いものです。
長い歳月を風雨に堪えた瓦屋根と板張りの壁は、何とも言えない渋い色合です。
廊下や教室を覗いてみると、黒板や五十音のポスターが往時のまま残っていました。
現在は、「橋山老人集会所」となっております。
美和西小学校(2000年廃校)
再び国道186号に戻り、細見地区から県道40号へ、大暮口から
大暮川に沿って上って行きます。
田園の中にチョコレート色の木造校舎が姿を現しました。
屋根や壁の塗装からみると、それほど年数は経っていないようです。
改装してほどなく廃校になったと思われます。
現在は「清流の家」として使用されていますが、
そのHPには、控えめなコメントがありました。
「何もない地域や施設ですが、自然がいっぱいあります。」
1991年度の在校生徒はわずか9名でした。
山県(やまがた)製鉄所大暮(おおぐれ)工場跡
美和西小学校の近くに、大きな煙突が立っており
目を引きました。
案内を見ると、明治34年に設置された溶鉱炉は山県製鉄所として
大正14年まで操業したとあります。
たたら製鉄のメッカであった芸北地域ですが、
この史跡は町の文化財として保存・管理されております。
平見谷(ひらみだに)小学校(1992年休校)
県道40号から県道306号に入り、再び安芸太田町へと南下していきます。
沿道のバス停「下平見谷」にピンクの校舎がL字型に建っていました。
鉄筋のしっかりとした造りの校舎です。
しかし、近付いてみると、壁は剥げ落ちている箇所も多く
長らく手入れもされていないようです。
庭先の錆びた遊具も年季が入っています。
校庭には、生徒二人先生二人の手形が閉校記念碑として刻まれておりました。
ゆっくりする間もなく、陽が傾きかけた静かな山間集落を後に家路を急ぎました。
あんしんは過疎
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作詞・作曲 中居正広
歌 知らん
いーーーーーーーーーーーーーーーなか
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クレーコートダブルス
クレーキャラのみ!
過疎ると思いますがよろしくです┏○ペコ