ヤクザさえあればご飯大盛り三杯はイケる

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ます!ます!ヤクザ

70年目の終戦記念日を迎えた今日2014年8月15日に、長年の論争の火種である辺野古基地移設問題について、県内の賛成派、反対派の意見を整理しつつ、真摯に考えてみたい。
これまで、このような論争は、沖縄では完全にタブー視されてきた。第一に、反対派の「オール沖縄でいこう」という掛け声に、賛成派のつぶやきは常にかき消されてきた。現実には、かなり多くの賛成派が存在しているにもかかわらず、その声はマスコミにも拾い上げられず、県外に届くこともない。当然、賛成派と反対派の論争が公になされることもなかったのだ。
しかし、もはや、言葉を濁してはいられないほどに、沖縄・日本を取り巻く情勢は逼迫してきている。いったい何が問題で、これほどまでに議論が噛み合わないのか、それをまずはあぶり出してみたい。
基本的に県内の主要ニ紙(沖縄タイムス・琉球新報)は、基地問題に関しては、完全に左に偏向している。その反日・反米の姿勢は宗教的と言っていいほどである。また、全国紙でも朝日・毎日の移設反対派への肩入れは甚だしい。従って、メディアの情報を無批判に受け取っていると、まともにものを考えることができなくなってしまう。日頃から、公平な見識を持てるようになるためには、沖縄県内ではむしろ、新聞はあまり読まない方がいいし、テレビのニュースも当てにはならない。
テレビ朝日などでは、連日、辺野古での座り込みや、ゲート前での押し問答などを放映している。ああした画面ばかりを見せられていると、県外では特にそうだが、あれが本当に県民の総意であるかのように、思われてしまっているだろう。事実、わたし自身、県外の友人から、「沖縄の人は、大多数が辺野古移設に反対だと思っていた」と言われることが多い。事実は、概ね基地容認という意見が、県民の半数近くあるにも関わらず、である。
さらに県内の学校教育も非常に偏っている。琉球大学の教授たちによる過激な反基地教育も甚だしいが、沖縄国際大学にも、入学したての新入生を、授業で辺野古に連れて行って座らせる先生がいる。本来、教育には思想の偏向は禁物だが、沖縄では殊に基地問題の論議での公正性は全く期待できない。えらい先生たちが、こぞって反米反日に偏向した教育を信奉している現状では、生徒たちが知らず知らず洗脳されてしまうのも無理はない。
つまり、学校もマスコミの情報も信じられないということだ。では、どうやって、この問題の本質にたどり着けるというのだろうか。いろいろ考え方はあるだろうが、まずは、無意識のうちに染みついてしまっている自分自身の視点の歪みを矯正することが先決だろう。同じ話を聴いていても、歪んだ考えに凝り固まっている人は、勝手に歪んで受け取るものだ。
まずは、先入観を排して、冷静に公平に両者の意見に耳を傾けて欲しい。自らに対して真摯で率直な人ならば、読みすすめるにつれて、次第に問題点の輪郭を包括的かつ明確に知ることができるだろう。そして、辺野古移設問題について、これまでよりも歪みの少ないものの見方を身につけられるはずだ。
この問題を考える上で、わたしがもっとも大切なことと考えているのは、〝あらゆる派閥や権威や思い込みから自由になって、物事を柔軟に誠実に考える〟ということだ。ここで行われた討論が、その一助になればと願っている。

【辺野古移設 反対派の言い分】
全国の米軍基地の75%が集中している沖縄の基地負担を軽減しようとせず、さらに基地を新設するのは、沖縄を馬鹿にしているとしか思えない。「基地は沖縄に押し付けておけばいい」と言わんばかりの内地の人間たちの御都合主義の態度と沖縄への根深い差別意識には、もうこれ以上我慢できない。我々は、沖縄に、これ以上の基地を絶対に作らせない。
日本政府は、昔から本当に信用ができない。思い起こせば、太平洋戦争当時も、大本営は沖縄を捨て石にして、本土決戦の準備のための時間稼ぎをしたものだ。沖縄戦では、日本軍は、沖縄全島民を巻き込んで、しかも民間人を盾にして戦ったのだ。本来なら民間人を守るはずの軍隊が、あべこべに軍隊を守るために民間人を虐殺したこともあった。結局、あの戦争で、日本の軍隊は、わたしたちを守ってくれなかったではないか。むしろ、日本兵は、私たちの敵だったのだ。軍隊は決して県民(市民・庶民)を守らない。 それが沖縄県民の一般的な認識だ。
しかも、戦後は沖縄を置き去りにして本土だけ勝手に独立し、その後、高度経済成長を謳歌した。日本人は、沖縄をアメリカに差し出すことで、自分たちだけの繁栄を享受したのだ。こうして沖縄は、これまで何度も日本政府に裏切られ、見捨てられてきた。
だから、わたしたちは、米軍だけでなく日本軍(自衛隊)もいらないのだ。軍隊は必要ないから、残らずこの島から出ていって欲しい。むしろ、軍隊があるからこそ、市民が戦争に巻き込まれる。実際、沖縄戦の時がそうだった。わたしたちは、無理やり日本軍に戦わせられた。わたしたちが武器を持たなければ、そもそも戦争になることもない。互いに武器を持つから戦争になるのだ。
それなのに、安倍は、わたしたちに欲しくもない武器を持たせようとしている。オスプレイや軍用ヘリのためのヘリポートも、軍艦が使用する軍港も、県民はいらないのだ。なぜ、安倍は、この平和な日本を、わざわざ戦争のできる国に変えたがるんだ? そんなに戦争がしたいのか? またしても、この島を戦場にするつもりなのか? そんなことは絶対に許さない。
繰り返すが、私たちは日米安保も核も自衛隊もいらない。必要ない。〝命どぅ宝(命より大切なものはない)〟だ。わたしたちは、教え子を二度と戦場に送ることはしたくない。何よりも、平和であることが大切なのだ。武器は捨てよう。
ベトナム戦争の時に、アメリカの徴兵忌避者の若者たち(ヒッピー)が、「すべての武器を花に持ち変えよう」と人々に呼びかけてフラワーチルドレンと呼ばれたが、わたしたちも彼らに見習って「すべての武器を三線に持ち替えよう」と言おうではないか。何よりも、70年前のあの悲惨な戦争を、二度と繰り返してはならないのだ。
そのためには、沖縄県民の間に、自主独立の気風を養わなければならない。そして、県民の自己決定権を、日本政府に尊重させなければならないのだ。私たちはこれまで、自らの意志で基地を引き受けたことは一度もない。すべては「銃剣とブルドーザー」によって、なされたのだ。そして、今、県民の意志は、「これ以上の基地は、絶対に受け入れない」ということだ。われわれは、この確固たる意志を、日本政府に認めさせなければならない。
これは、ただ
沖縄だけのため」というわけではなく、広い意味では、「日本の平和運動の大きなうねりを、この沖縄から創り出していこう」という意味でもある。われわれは、この国の昨今の『戦前回帰の風潮』に危機感を抱いている。戦後70年の節目に、あらためて日本中に平和の大切さを訴えていきたい。人を殺す武器や基地は、一切いらない。米軍もいらない、自衛隊もいらないということだ。
そして、本音を言えば、米軍には、いずれはこの沖縄から、全面的に出ていってもらいたい。「米軍よ、海兵隊よ、アメリカへ帰れ!」という事だ。平和を愛する沖縄県民の名において、戦争をしたい国の軍隊は、アメリカだろうと日本だろうと、全面的にお断りだ。
「二度と教え子を戦場に送らない!」と先生たちも言っているように、私たちは、何としても、この平和な沖縄を守りたいのだ。もしも、これ以上、日本政府が、新しい基地をさらにつくると言うなら、沖縄は独立した方がいい。

【辺野古移設 賛成派の言い分】
確かに沖縄の基地負担は大きいが、それも、この国の国防のためではないか。今、中国が強大化して、東シナ海・南シナ海に海洋侵略を進めている現状で、尖閣諸島を抱えている沖縄が、米軍基地も自衛隊もいらないなどと言えるのだろうか。武器を持たなければ、簡単に侵略者によって占領されてしまう。中国のなすがままになって、虐待されつづけているチベットやウイグルの人々を、ニュースで見ていて何も思わないのか。
それに、たとえ武器を持っていても、弱ければ領土を奪われ、国は混乱に陥れられ、国民は殺される。今も劣勢のウクライナやガザ地区で、どれほど大勢の武器を持たない無抵抗の市民が、敵方の軍隊によって一方的に虐殺されているかを見てみるといい。こちらが弱ければ、相手方の思うがままに蹂躙されるというのも、国際社会の現実なのだ。
また、基地によって沖縄の経済が繁栄してきた面も決して無視できない。まず、3万8000人の基地地主に対して、年間総額約1000億円が支払われている。一人平均年間約200万円強の収入だ。本来ならば二束三文の土地に対しても、超破格の土地使用料が支払われているのだ。
戦後、農地改革が行われなかった沖縄では、山林地主以外でも大規模地主が多い。そうした大地主の中には、年間20億円とか40億円という莫大な基地使用料収入を、長年にわたって毎年享受している地主たちもけっこういる。
彼ら富裕地主たちのほとんどは、親子孫三代にわたって働いたことがない。所得税もないくせに、せめてその莫大な基地収入の中から、1億円でも、一千万円でも、百万円でも、地元の振興や震災の援助ために寄付しようとするような地主もいない。
加えて、地方交付税などの一般の補助金の他に、沖縄県(平成26年度約3500億円)にも、各自治体(年1000億円)にも、多額の軍関係の交付金が、使いきれないほど毎年入っている。さらに、マンション・アパート経営者には、3LDKで20~30万円という米軍人の家賃収入を、日本政府が〝思いやり予算(年2000億円以上)〟で払ってくれる。これは、3LDKで7〜10万円ぐらいが相場の沖縄では、破格の家賃収入だ。
その上、これも〝思いやり予算〟で、安定的で保障の充実した基地雇用が維持されていることによる経済効果もある。零細企業や自営業が多い沖縄では、基地雇用は公務員並みに安定した雇用源となっている。
こうして沖縄県には、トータルで考えると、総額にして7000億円以上ものお金が、毎年国から贈与されているのだ。その総額は、沖縄県のGDP3兆8千億円の18%以上にあたる。これは、たとえ日本一原発を持つ福井県であっても望むべくもない補助金の金額だ。福井のもらっているお金は、この十分の一もないだろう。沖縄ほど手厚く保護されている県は他にない。
これほどまでに他県より優遇されて、日本政府から入る基地関係の膨大な補助金・援助金に依存しながら、口だけでは「沖縄は差別されている」とか、「馬鹿にされ、軽んじられている」とか言うのは、まったく説得力がない。
自主独立を求めるなら、お金を一銭たりとも国から受け取るべきではない。しかし、実態は、一番お金を受け取っている基地地主たちが、税金も免除されて、莫大な恩恵を受けているのに、率先して辺野古移設反対の運動をしているではないか。これでは「地主の地代をさらに引き上げたいがための反対か?」と疑いたくもなる。また、実際に「反対した方が、沖縄にお金が入ってくるから、反対した方がいい」という言葉はあちこちでしょっちゅう聞く。呆れた話だ。
それに、反対派は何かというと70年前の戦争の話に戻るが、「二度と教え子を戦場に送らない」と、本当にそのくらい生徒一人一人のことを、平等に深く想っている先生が、今の学校にいるのだったら、連れてきて欲しいものだ。

【移設 反対派の言い分】
ウクライナとかチベットとか、そういうよくわからない遠い国の話をされても困る。それぞれの国や地域には、それぞれ込み入った事情もあるだろう。一概に、「向こうがああだから、こっちもこうなる」という議論は乱暴な話だ。
一つはっきり言えることは、「中国が攻めてくる」と吹聴している連中に、われわれはくみしないということだ。大切なのは、戦争を起こさない外交努力だ。中国は、日本が攻撃的になりさえしなければ、攻めてなどこないし、よしんば攻めてきたとしても、即座にこちらが降伏すれば何も問題はない。極論を言えば、「殺すよりは殺された方がいい」とさえ思っている。
そもそも、わたしたちにとって、中国は敵ではない。むしろ沖縄にとっては、中国は歴史的にも文化的にも近い国だし、親しみがある国だ。仲井真知事もそうだが、久米村出身者のように中国に始祖を持つ人も多い。特に福建省とは長い付き合いがある。だから、わたしたち沖縄県民には、中国人は遠い親戚のようなものだ。
また、最近は中国からの観光客も多いし、中国の発展によって沖縄も経済的に潤うという面もある。そして、これからますます大きくなる東アジア経済園の拠点として、沖縄はその交流センターになれる可能性がある。ただし、周囲の国を威嚇する軍事基地がなければの話だ。だから、「基地も補助金もいらないから、沖縄に土地と自己決定権を返せ」と言っているのだ。われわれは日本人であるという以前に、沖縄人(琉球人)なのだから。
安倍政権は、集団的自衛権を容認する解釈改憲を行い、憲法をないがしろにして日本を戦争のできる国にしようとしている。この辺野古に強引に基地を持ってくる民意無視のやり方も、日本がアメリカの戦争に加担するための布石の一つではないのか。そんなに戦争がしたいのか。
メリカが、イラク戦争のような侵略戦争を再び起こした時、このままでは日本もまた加害者になるだろう。
安倍政権の方向性は、戦前への回帰にある。「戦後レジームからの脱却」とか、憲法改正を目指すというのも、その軍国主義的傾向の現れだ。こうした安倍首相の大日本帝国に憧れる時代錯誤の方向性が、中国・韓国など近隣アジア諸国との関係悪化の原因となっている。これは、アジアの中継センターを目指したい沖縄にとって、非常に困ったことだ。対話を無視して力でなんとかしようというのが間違っているのだ。
そのうえ今は、沖縄本島の土地の18%が基地で占められている。しかも一等地ばかりだ。これでは満足な経済的発展は望めない。これまで県民は、騒音やヘリの墜落や米兵の暴行などの基地被害にも耐えてきた。その代償として政府が沖縄振興策にお金を出しているから黙っていろというのか。本末転倒も甚だしい。
太平洋戦争で唯一の地上戦を経験して膨大な被害をこうむった沖縄が、政府から多少の優遇策を受けたからといって、どうしたというのだ。しかも、本土が独立したあとも、米軍の支配を受けて、これまで苦渋をなめてきたのだ。このぐらいの優遇措置は当然ではないか。
むしろ賛成派の方こそ欲深で、主張はいつも商売やお金のことばかりだ。戦争が起こったら、お金があってもどうにもならない。基地があったらミサイルに狙われるんだ。沖縄の米軍基地にも、もしかすると、本当は核ミサイルがあるのじゃないか。少なくとも、劣化ウラン弾の大量使用や大量投棄は過去にあった。米軍に、好き勝手に海を荒らされ山を壊されて、県民はたまったものじゃない。
辺野古の埋め立ては、貴重な珊瑚の海やジュゴンの生息地を奪うものでもある。沖縄の最大の資産は自然の美しさにある。一度失われてしまえば、二度と元には戻らない。わたしたちは、先祖から譲り受けた美しい沖縄を、次の世代に残す義務がある。
それに、基地地主料よりも、今は内地企業や外資に貸して開発させた方が金になる。基地関連の収入よりも、ショッピングセンターやホテルやテーマパークをつくった方が儲かるんだ。今や沖縄の基地雇用への依存度はGDPの5%で、観光産業の収益は10%だ。しかも、沖縄の観光産業は、これからどんどん発展する。今となっては経済的にも基地は返してもらった方がいい。

【移設 賛成派の言い分】
辺野古の年寄りたちが、「7才から70才余りになるまで海に潜っているが、一度もジュゴンを見たことがない。偉い先生たちが潜ると直ぐに見つかるから珍しい」と言っていたが、それはともかく、私は「中国は敵だ」と言っているわけではない。事実として、経済力・軍事力を背景とした中国の海洋進出は、あまりにも強引で威圧的で、周辺国にとって脅威となっていることを指摘しているだけだ。
日本はこれまで、世界第二位の圧倒的経済力と、冷戦下における最強の超大国アメリカとの軍事同盟によって、周辺国をなんら脅威と感じることなく、平和を享受してきた。9条があるから日本が守られたわけではない。米軍の圧倒的なプレゼンス(存在感)があって、その庇護の下での日本の平和だった。しかし、これからはそうもいかないと言っている。「国防について真剣に考える必要などない」などと、能天気に言っていられる時代は、東アジアでは1990年代で終わっているのだ。
米兵による被害や地位協定の不平等な規定は確かに問題だが、その一方で、コザなどでは、終戦直後からベトナム戦争の時期まで、県民がアメリカ兵に生活を支えてもらってきた面もある。過酷な戦地におもむく兵士たちが、この沖縄で慰めを与えられたことも事実だ。米兵だって人間なのだ。米軍基地の存在が、この沖縄の守りになっている面も無視してはいけない。
辺野古だって、これまでも基地で生きてきたんだ。ただ美しいからといって、海山眺めて生きてはいけない。実際、辺野古住民の7~8割は、地元の利益を考えて基地誘致に賛成している。地元の人で、日当7000円をもらって、仕事として座りこみをしていた数人の人を除けば、反対闘争をしている人の多く(9割)は、外部(主に内地)から集まってきた左翼系の反米・平和運動家たちで、もともとの辺野古の地元住民ではない。だいたいにおいて、全国から集まる寄付金に支えられたプロの組織活動家でなければ、一般の庶民が一日中座っていることなどできるわけがない。
そもそも、辺野古反対派は、地元の商店で弁当など買い物もしなければ、地元の食堂で食事すらしない。それで「地元と共闘する」とか言っても、何の説得力もない。こんなケチで懐の狭い人たちが、身勝手な論理で騒動ばかり引き起こして、辺野古の活性化を願う地元民にとっては、大きな迷惑でしかない。
それに自然破壊を憂うなら、いっそ基地を基地のまま残した方がいいのではないか。ライカムのところのイオンモールもそうだが、基地が返還された土地に、ろくなものが建ったためしがない。逆に、基地のある景観が、美しい沖縄を守ってきた面もあるのではないか。実際、本島の海岸の中では、米軍基地の海岸だけが、海が汚されず、自然のままの海岸が維持され、お陰でサンゴも守られている。
県民が自由に開発した海岸は、すべてホテル所有の人工海岸になって、さらには赤土汚染でサンゴも大ダメージを受けている。広大な素晴らしいモクマオウの並木を無残に伐採して、テナント料が日本一高いジャスコや、ギャンブル狂を増やすパチンコ店を建てても、地元はなにも潤わない。中国人・韓国人の観光客を集めて、そのおこぼれをもらおうという腹らしいが、現実には地元の自然や環境や社会が荒らされるだけだ。
美里でも、アメリカの基地が嫌いなら、自然を残したいなら、なぜ、基地返還地を埋め立てて、アメリカン・ヴィレッジなんぞをつくるのか。なぜ、ひめゆりの塔の正面で、海兵隊の払い下げ製品の迷彩服や薬莢を売るのだ。ともかく、この島は、そんな心ない仕業が横行している場所ばかりだ。
島じゅうの海岸を埋め立てておいて、今更何がジュゴンだ、自然保護だ。生まれてこのかた、ろくに仕事もしたことのない保守やら革新やらの地主たちが、安易にお金を追いかけて、さらなる利益をあげようとしているだけではないか。沖縄全体のことなど、誰も考えてはいない。県民は皆、あまりにも自己中心的で強欲に過ぎる。
辺野古住民にしても問題なのは、基地誘致を認める代わりに、「一世帯あたり1.5億円出せ」と当初要求していたのは、あまりにも強欲と言うしかない。結局は、漁港関係者は一人当たり3000万円を受け取ることで決着した(区民には、一戸あたり1500万円)らしいが。

れが悪いというわけじゃないが、基地地主も自治体も含めて、ともかく、我が県のゆすりたかり体質は深刻だ。もらったからと言って、それに感謝することもない。そういう点では、「もらって当たり前」に慣れ過ぎていた、冊封時代の文化的影響かもしれない。メイヤーが、県民の体質について言ったことは、沖縄を故意に侮辱したわけじゃなく、率直に事実を言っただけのことだ。
よく騒音が酷いとか言うが、わざわざ嘉手納まで、戦闘機の飛び立つところを見にくる航空機ファンだって、今でもいっぱいいるんだ。小さい頃から基地のそばで育って、戦闘機やオスプレイが飛ぶさまを見て、カッコイイと思っている人もいる。みんながみんなうるさいとか危険だとか思っているわけじゃない。
それに、これまで、地主たちは、どれほど基地収入によって繁栄を享受してきたか。「もう基地がない方が儲かる」などと言うのは、恥を知らない守銭奴の言い分だ。そういう身勝手な恩知らずの言葉を聞くと、本当に沖縄が嫌になる。

【移設 反対派の言い分】
名護市長選では、稲嶺市長が再選し、基地反対の民意がはっきりしたではないか。名護市という地元の住民の意志は、明確に移設反対と表明されている。今度の11月の知事選で、社民・共産推薦、公明支持の翁長那覇市長が当選すれば、沖縄県全体の基地反対の民意がはっきりするだろう。そうすれば、日本政府も、いよいよ辺野古への基地移設は不可能になる。沖縄県の民意は、ハッキリと明確に基地反対なのだ。そのメッセージを明確に本土に届けることが大切だ。
オバマ大統領自身、軍縮と軍事費削減の方向に向かっているし、いずれは沖縄から本当に基地がなくなる日がくるかもしれない。アメリカだって、これからは日本よりも中国と仲良くしたいと思っているのではないか。太平洋をハワイを境界線として西と東に分けて、それぞれを米中の勢力圏として、平和的に分け合おうという話もある。「太平洋は米中で仲良く分け合えるだけ十分広い」と習近平が言った時、オバマは反論しなかった。反論する理由がなかったからだろう。
いずれ東シナ海が中国の海になるなら、それはそれでかまわないではないか。これも歴史の趨勢というものだ。わたしたちは中国の進出を歓迎したい。戦争するよりはマシだ。日本政府は戦争の準備をしているが、わたしたちは戦争をなくしたいのだ。中国とは仲良くして、基地がなくとも利益がもたらされる状況にしたいということだ。
また、そうでなくとも、基地反対の意思表示をはっきりさせることで、日本政府は沖縄を無視できなくなる。政府に沖縄を侮らせてはならない。これは重要なことだ。沖縄は、韓国で言うなら、中央にずっと無視され、蔑まれてきた全羅道とか済州島みたいなものだ。内地の人間は、昔から沖縄を差別してきたのだから。
この後に及んでオスプレイのような凶器を押し付けられるのはまっぴらごめんだ。本土の人間たちとアメリカに対して、怒りしか感じない。沖縄はずっと被害者なのだ。このまま、いつまで被害者でいなければならないんだ。
ある意味、日本政府は、沖縄を心から尊重する代わりに、なんでもお金で解決しようとしてきた。札束で言うことをきかせようとするから、住民がスポイルされてきたという面もある。これは県民のせいじゃない。政府のやり方が、沖縄県民の精神をダメにしてきたのだ。
それに、地元住民は、「最低でも県外」とか「やっぱり県内」とか、政府の方針が二転三転する中で、本当に疲れ果てているんだ。それでも、過半数の県民は基地反対している。これが民意だ。日本が民主主義国だと言うのなら、政府はこの県民の総意を無視してはならない。
安倍がどうしても沖縄に基地を作りたいなら、沖縄にきて土下座しろと言いたい。基地がこの国にとって本当に必要だというのなら、日本国の首相としてそうすべきだろう。しかし、彼はそうしない。日本の国防よりも、自分のプライドが大切なのじゃないか。
結局、虐げられた者の気持ちは、虐げられた者にしかわからない。そう考えると沖縄は、中立的立場で、同じように日本に反感を持つ中国・韓国との架け橋になることだってできるはずだ。このままでは日本は東アジアで孤立してしまうだろう。
これからはグローバル化の時代だ。国境なんてものも、いつか遠い未来にはなくなるかもしれない。とはいえ、近い将来的には琉球独立の実現も視野にいれて、沖縄の明日を考えていきたい。

【移設 賛成派の言い分】
次の知事選、それが心配だ。自民は仲井真知事の再選を目論んではいるが、なにぶんもう老齢で、気力体力ともに心許ない。めっぽう元気な上にナイチャー相手にしても弁の立つ下地ミキオ氏も立候補するが、それでかえって保守票が割れてしまう。仲井真さんは、そろそろ引退すべきだろう。
これで、福州市名誉市民の翁長氏が当選する事態になれば、いずれ沖縄が経済的に中国に飲み込まれる可能性さえ出てくる。泊港に市費2億円を投じて、中国のシンボルである龍塔を建てさせ、ハーリーの爬龍船を、市の予算1億円をかけて、わざわざ福州市に注文してつくらせる市長が知事になるんだ。悪夢としか言いようがない。今度の選挙の結果が、沖縄の未来を決するかもしれないというのに、残念ながら県民にその自覚がないのだ。
県民の気持ちの何処かに、「米軍基地に反対すればするほど、日本政府は沖縄を優遇せざるを得なくなる」という甘い期待があるようだ。これまでは確かにそうだったかもしれない。しかし、そろそろ日本政府も米軍も、そんな沖縄の〝民意〟に嫌気がさして、見切りをつけるかもしれない。ちょうど、いつまでもコンプレックスと被害者意識が強く、自己を省みることなく、身勝手な非難と要求ばかりしてくる韓国に対して、多くの日本人が苦々しく思い始めているのと同じことだ。それに、大人たちがそういうゆすりたかりのヤクザ根性では、この島の子どもたちがまともに育つだろうか。このままでは韓国の二の舞だ。
中国内では沖縄を固有の領土とする主張が強まっている。日本政府は基地機能の沖縄から山口の岩国基地への移転を進めている。オバマは日米同盟の維持に難色を示し始めている。いろいろ考えてみると、なんとも恐ろしいことになりそうだ。下手すると、沖縄は中国に譲り渡されるのじゃないかと、不安になってくる。台湾や香港の深刻な現状を考えても、中国の属国となるのは、絶対に願い下げだ。
互角の力を持つ国同士の摩擦や軍事衝突よりも、無力なまま一方的に蹂躙され支配されることこそが恐ろしい。例えば「沖縄戦」がそうだった。当時、日本軍は決して沖縄を見捨てたので
はない。それどころか、戦艦大和もゼロ戦も、沖縄を救おうと特攻を繰り返した。命を捨てて沖縄を守ろうとしたのだ。ただ、当時のアメリカとのあまりの国力の差によって、なす術もなく踏みつぶされただけだ。自国を守る力がないというのは惨めだ。それを考えると、琉球独立など悪夢としか言いようがない。
さらに言えば、現在、沖縄県のGDPの40%は、政府支出で成り立っている。独立すれば、そのすべてが失われる。そういうもろもろの事実をわかって、沖縄の独立を唱えているのだろうか。わたしには到底そうは思われない。むしろ、依存しながら文句を言うのが左翼の特徴ではないか。GDPの40%を失ってでも独立したいのなら、いっそのこと本当に日本から独立してみろ、と言いたい。
沖縄では、他県ではあり得ないほど、島々の隅々にまで、綺麗な舗装道路があり、どんな小さな集落にも港湾施設が整備され、島と島を結ぶ立派な橋が次々とつくられている。そして、各島々に多くの空港施設がある。こんな県は他にない。国庫支出金だけ考えても、福島などの復興資金をもらっている県や東京都などを除けば、総額で北海道と並んでトップだ。しかも、一人当たりで考えたらダントツの一位だ。
それに、県民の多くは本当に「日本人でいたくない」と思っているのだろうか。独立したいとか、中国人になりたいとか、思っているだろうか。わたしはそうは思わない。
県民は、病的な被害者意識に毒されず、過去の歴史も現在の世界情勢も、ともに曇りのない目で見つめて、真摯に自分の内面と外の現実に向き合って欲しい。そして、手遅れにならないうちに、自分自身の内面と自分の置かれている外的状況を、よりクリアに明晰に理解すべきだ。

🌠2015.6現在、恐れていた事態は的中し、辺野古阻止を主張する翁長知事と政府との溝は深まるばかりです。沖縄のマスコミ・知識人の主張は、もともと極端だった辺野古反対の色調をさらに強めています。加えて、日米同盟反対、沖縄独立の主張も、あからさまになってきているように思えます。
南シナ海の深刻な情勢を考えても、日中緊張高まる尖閣諸島を抱える沖縄の言論が、どうしてこうも一方的なものになってしまうのか、まったく理解不能です。もう少し、冷静で中立的な議論はできないものか、もうため息もでません。

🌠2015,7現在、政府自民党の懇談会での沖縄二紙についての発言に対し、二紙が外国人記者たちに記者会見で「沖縄の新聞が世論を扇動しているなどあり得ない」「県民の意見を汲み上げているだけ」と口を揃えて述べていました。自分を省みる誠実さについて、考えてみずにはいられません。
それにしても、この島の人々は、本当のことをどこで話すのでしょう。本当のことをみんなの前で話しても、それが不都合な真実の場合には、この島では完全に黙殺されてしまいます。幼い頃から、そうした真実を尊ばない大人たちの社会の指導下にあることが、沖縄の子どもたちの学力低下に大きな影響を及ぼしているのではないかという気がしてなりません。

🌠2015.9.21、翁長知事は、スイス・ジュネーブの国連人権委員会で、日本の知事としては初めて、「辺野古基地建設は、日米両政府による沖縄県民に対する人権侵害である」と抗議の演説をしました。沖縄県民の自己決定権に対する由々しき侵害だそうです。

🌠2015.10.13、ついに翁長知事は正式に辺野古基地建設許可を取り消しました。まったく怯むことなく、政府との前面衝突という道を選んだのです。県内マスコミも、その選択を全面的に支持し、翁長知事側に完全に同調しています。
「米軍基地は出ていけ!」「自衛隊もいらない!」「中国の脅威など、まったく感じないし、われわれの知ったことではない!」「沖縄は、琉球人のものだ!」これが、沖縄の〝民意〟ということなのでしょう。
結局のところ、沖縄県民には、今に至るも「自分は日本人だ」という意識が、比較的薄いのではないかという気がします。さらに「日本人でいたくないし、日本人と呼ばれたくない」という人も、今だに結構いらっしゃるのかもしれません。残念なことですが。
そして、信じたくはないのですが、現実には「日本人であるくらいなら、むしろ中国人になった方がましだ」という人さえも、少なからずいるのでしょう。そうであるなら、やはり沖縄は、もう日本から独立した方がいいのかもしれません。

🌠2016.5、最近、首里では、「首里城を買いたい」という中国人が、ひっきりなしにくるそうです。首里の街では、琉球大学が中城村へ移転し、今度は沖縄県立芸大も南風原へ移転するということで、大学生の姿が街から消えます。それに伴って、地元の商店街では閑古鳥が鳴いています。観光客は首里のまちやぐゎーではお金を落としていきません。
そこで、中国人たちが「困っているんだろう。我々に任せたら、観光客も増えるし、もっと発展する。首里城も玉泉洞も本部の水族館も、みんな売りなさい。石原慎太郎だって、島を買ったんだろう。いっそのこと、我々が沖縄を全部買ってあげよう。」と、しつこいのだそうです。
そのうち、本当に沖縄はまるごと中国人に買われてしまうかもしれません。

🌠2018年8月8日、翁長雄志沖縄県知事が、膵臓癌のために死去。
膵臓癌は、何らかの強烈なストレスから、太陽神経叢と呼ばれる身体の中心、みぞおちのあたりに負荷がかかり、その症状が継続的に続くと発症するのではないかと思われます。
不思議なことに、民事裁判を起こした側の人に発症する例が多いのです。裁判とは、それだけ激しい負担を強いるものなのでしょう。裁判を取り巻くさまざまな思念が、致命的な影響を及ぼすということです。
ご冥福をお祈りします。
ただ、翁長知事を殉教者扱いし、基地問題に関する議論が、さらに感情的になって、ますます宗教性を帯びてくることを危惧しています。

世界のヤクザ

■『その男、凶暴につき』

1989年/日本映画/103分
監督:北野武
出演:ビートたけし/白竜/川上麻衣子/芦川誠

[ネタバレ注意!]※見終わった人が読んで下さい。

■第2稿 2018年 6月28日 版

[北野武監督第1作目]

僕は『その男、凶暴につき』公開当時の日本映画界に悪い印象しかなかった。「面白い映画は絶対アメリカ映画」で「日本映画なんか絶対見ない」と決意してた。「たけし、待望の初監督作品」の宣伝も全く興味がわかなかった。だが1997年 第54回 ヴェネチア国際映画祭で『HANA-BI』が金獅子賞を受賞する。1989年当時、ビートたけしが「世界の北野」になることは誰にも想像できなかった。

スティーブン・スピルバーグ監督やジェームズ・キャメロン監督の全盛期。僕の1989年は『ブラック・レイン』で「外国から見た日本」の「客観視」に魂が震えた年だった。『ブラック・レイン』を見て「自分が日本人である誇り」が覚醒し日本映画学校に入学を決意した。そのため僕が初めて『その男、凶暴につき』を見たのは映画学校に入学してからだった。僕が初めて見た北野監督の映画は第3作目だった。

[北野武と淀川長治]

日本映画学校を選んだ理由は講師に映画評論家淀川長治がいたからだ。淀川先生が1998年に亡くなられる2年前、僕達11期生が「淀川長治の最期の授業」を受けた学生となってしまった。僕が映画に興味を持ったのも『日曜洋画劇場』『淀川長治 映画の部屋』の評論に大きな影響を受けたからだった。

淀川長治・杉浦孝昭の『おしゃべりな映画館』全4巻を持ってる。『おしゃべりな映画館③』の『シンドラーのリスト』で、淀川先生は「オリバー・ストーンだけがバイ菌だと思ってたら、こんな大きなバイ菌がいたのね」とスピルバーグのことを言った。24歳の僕には全く理解できなかった。『プラトーン』『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』の両監督を「バイ菌」と論じた淀川先生におしっこを漏らした。

二人を「バイ菌」と論じた淀川先生が『ソナチネ』では「僕、たけしが本当に映画を知ってることに驚いちゃった」と言ってる。他の全北野作品も淀川先生はべた褒めだった。24歳の僕には全く理解できなかった。淀川先生が「映画を知ってる」とべた褒めする北野監督が怖くなり、大きい方が出る寸前まで追いつめられた。そして1997年 第54回 ヴェネチア国際映画祭で『HANA-BI』が金獅子賞を受賞した。淀川先生の「目」が正しかったことが全世界に証明され「勉強しなければ」と僕は決意した。

[極限の暴力]

初めて『その男、凶暴につき』を見た感想は「こんな怖いと思わなかった」だった。こんな壮絶な日本映画を知らなかった。「極限の暴力」がに到達する。もはやその怖さは『タクシードライバー』と「互角」だ。瞬間で漏らした。「知らないこと」が多過ぎる無知な自分が恥ずかしくなった。

[ “本物” の「警察」]

“本物” の「警察」を感じた。子供の頃からTVで見てきたものと全く違ってた。映画を勉強して深作欣二監督まで到達した時、戦後日本の「警察」と「ヤクザ」を知った。『その男、凶暴につき』の警察像がかなり真実に近いことを理解した。

[「暴力で自白を強要」]

■「どっからだよ!」

「暴力で自白を強要」など、もう現代では考えられない大問題。今なら逆に犯罪になってしまうかもしれない。実際に行われてたかもしれない我妻諒介(ビートたけし)のビンタに震撼した。現代の視点では、日本史の恐るべき過去に見える。

[人間が絶対真似してはいけないこと]

「権力」も「暴力」も無敵の強さを持つ我妻の「死」が、自分の欲望を全部吐き出した人間の到達する最期に見えた。人間はやりたいことを全部してはいけないのだ。「自分が他人にしたことは、いずれ全部自分に返ってくる」。は良くも悪くもその極限に到達した人間を描く。『その男、凶暴につき』の我妻はかなり最低の人間だ。「無敵の強さ」が幻想でしかない「こうなってはいけない」見本だ。











画像 2014年 5月

結局最後に笑うのはヤクザ

ねえ、とりきちちゃん、ピティに何かしたの?

(・∀・)え?

あの調子なのよ。あー痛い、あー痛いって。

(・∀・;) つ、爪切りに失敗して、出血して・・・

指ちょんぎれよったわ、どない落とし前つけてくれんの、とりきっちゃん!?

(´∀`;) やだー、大げさよー。ヤクザやん、それ。

ちょっと深爪しただけやん。ごめんなさい!

とりきちちゃん、ハッケの指も取れちゃった・・・・

( ̄□ ̄;)!! うそ! 

お餅状態で見えないけれど、指はあるよ、ハッケー!

あーでも出血したよねーごめんなさい!

週末は、本当に久しぶりに凧揚げを息子と楽しんでいました。

昔の空港跡地のテンペルホフ公園で、たくさんの人と一緒に凧揚げ、とても楽しかったです。

まるで自分の気持ちも空高く、舞い上がるようで、つい夢中になりクタクタで帰宅しました。

この日は、BIRDSITTERSの関東顔合わせ会もあったのですが無事、成功したようで本当によかったです()。

まゆみさん、ユカリさん、Kちゃん、ありがとうございました。

皆さま連休を終えて、明日の火曜日から良い1週間となりますように!

おっちゃん、お大事にやでー

という方、

ぽちっと応援よろしくお願いいたします!

2018年9月29日オープン!

現在、お申込み受付中!

鳥の一時預かりボランティア組織

BIRDSITTERS

ヤクザマニアック一大特集♪

実は、ブログ記事は上げてないけど、少しずつ観てるtvNドラマ「나의아저씨 私のおじさん(原題)」と言うドラマがある
ドン底の生活で荒んでしまった 이지안 イジアン(IU)を殊更に憎み、痛め付ける借金取りの男 광일 クァンイル役の 장기용 チャンギヨンは

クァンイル(チャンギヨン)はイジアン(IU)が盗聴していた録音ファイルを聞いている

MBC水木ドラマ「ここに来て抱いて」では連続殺人犯として逮捕されたサイコパスの父親を持ち苦悩する青年刑事 채도진  チェドジン(父親が逮捕されて以降は、本名 윤나무 ユンナムを伏せて生きている)役を演じている
またヤクザな役を演じるんかなぁ〜と思ってたら
な、な、なんと!!
警察大学校の学生姿が神々しいじゃありませんか!!

御本人様のInstagramより

少年時代は 남다름 ナムダルム君が演じてるので、ちょっと弱っちいイメージだったけど、良い感じに成長したねって思ったさ(もちろん、役柄の上でね)

ダルム君は、カン君「군도 群盗」や이종석 イジョンソク「당신이잠든사이에 あなたが眠ってる間に」の子役を演じてるので、どうしても彼らのように将来はモデルなお姿に成長すると勝手に思っているのよ…

もしも、여진구 ヨジング君のように「野球選手か?」ってお姿に成長したらどうしよう←要らぬお世話よね
で、今回もモデル出身のチャンギヨンの子役だからさ、ダルム君登場の度に「しっかり睡眠取って身長伸ばすんだよ」と思ってしまう

見よ!この長い脚に、小さい頭

この比率は同じYG所属のカン君や  남주혁 ナムジュヒョクに元YGのイジョンソクを思い出すわな
最近の私は、俳優さん見たさに我慢してドラマ追ってる場合が多い
「今回は違う」と言いたいところだけれど…
チャンギヨンにしか目が行きませんㅋㅋ
ストーリーは改めて…「슈츠 SUITS(原題)」もだけど、備忘録したいんだけど時間無くて
第10話より
警察大学校の卒業セレモニー中、自分の父親が殺した被害者家族達の憤りを一身に受け、暫し茫然とするチェドジン(チャンギヨン)

ん…

顔も身長も声も私の理想なんだわさ
歯の矯正だって、ちゃんと受けてるㅋㅋ

何処かイチャモン付けてやろーと、額は狭そうやね?と思ってたのに

あらま、額も狭くない…

ん…
考えて見れば

カン君の最新映画「인랑 人狼(原題)」ついに7月公開だわよ!

元々が、こう言う目に弱いんだから仕方ない
しばらくは
「ここに来て抱いて」楽しみます(*´∀`)♪

一応、人物相関図

画像はネットからお借りしましたm(__)m

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 はい。というわけで今週は「検察側の罪人」見てまいりました。

 まだ上映して日も浅いこともあってか、ほとんど満席、大変注目度は高い作品なんだなと感じました。

 さて、では早速感想ーー。

 

 まず一言「キムタクが脱キムタクできている」この点をまず触れないわけにはいきませんね。

 きっと今作品、木村拓哉がアイドルから役者に変わるターニングポイントになる作品ではないでしょうか。

 今まで「何してもキムタク」と揶揄されていた彼。キムタクがキムタクらしいということが、今までドラマ・映画での彼の配役の幅を狭め、それが時に作品に対して大きなノイズとなり、彼が役者として大成できない大きな理由だったと思います。

 でも「武士の一分」なんか個人的には良い演技してたと思っているんですけどね。

 その大きな「キムタクしかできない」要因、今回はっきりしましたね、個人的に今までその要因が彼の出で立ちの問題だったと考えていたんですけど、実は「声」「話し方」だったんですね。

 今回全体的にいつもよりもワントーンほど低い声で話している分、キムタク特有の声として「軽さ」

 話し方としての「カジュアルさ」が消えて、その「らしさ」を消す大きな役割を担っていたと思います。

 それって実は普通の役者なら当たり前なんですけど、その当たり前を監督の演技指導などでなくしてしまうこと、実はそれだけのことをするだけで、そのらしさ消せるんですね。

 そして最上というある意味で「狂気」にも満ちた間違った「正義」を振りかざす、暴走する役を演じることのできるスキルも高く、木村拓哉って実は芸達者なんだなと思わされましたね。

 達者という部分でいうと、沖野に追い詰められかけたシーンで、自らが危機に陥ると、とにかく怒鳴り、動物的威嚇ともとれる行為で相手を威圧する、ある意味で人間としてクズ行為を平気で行う彼の表情、声、迫力も鬼気迫るものがありましたね。

 後ね「雨がすべて洗い流す。なんてことないから」(うろ覚え)という冒頭のセリフ。もともと台本にあったセリフを監督がカットしたそうですが、そのシーンの当日、雨が降り「このセリフをやはり足したい」と木村拓哉自ら足したセリフなんですけど、これが、雨のようにいろいろな出来事があったとしても、もともと心に生じた傷、決意は、雨のように何かしらの出来事、時間が経とうと消えない、この作品で最上の行動全ての末路、彼の行動原理を表すセリフで、このセリフが非常に気が利いていて、それを現場の状況で「必要」だと判断する脚本の読み込み力の高さは素晴らしいと思いましたね。

 

 SMAPが解散せず、アイドルとしての活動をしていた頃なら間違いなくこの役でオファーはなかったと思いますし、アイドル時代の頃ならばフィルモグラフィ的にも、間違いなく、二宮和也が演じている沖野役をしていたと思います。

 というわけで、木村拓哉主演作品だと間違いなく非難されるし、僕は文句を垂れるであろう要素が、今回感じられなかったので、その点で変に彼を曲がった見方をすることなく、役者として初めて見れたかな。

 役者的な点でいうと沖野の役の二宮和也。彼がキレて松倉(酒向)を尋問するシーン。

 特に「頼むから、その辺で首吊って死んでろや」というセリフをアドリブで足して、罵詈雑言を浴びせまくるあの一連のシーン。松倉の「ママぁ」という情けない嗚咽と罵詈雑言が飛び交い続けるカオス。二人の役者の演技があまりにもすごすぎて、息をするのを忘れて見入ってしましました。

 あのシーンはおそらく監督の意図した以上に、二人に役が乗り移り、「これぞ映画、これぞ役者」と、このシーンを見れただけで、今作品を見た価値があったと思います。はっきり言って二宮和也舐めてました。

 木村拓哉が「首吊って死んでろや、って足してたね」と二宮に聞いても「そうでした?」って返したほど、無意識でやってたみたいですね。怖い笑

 あと本当に口からセリフが綺麗に出ず吃るように詰まるシーンがあるんですけど、普通ならNGなんだろうけど、監督の意向でそのシーンを採用していて、それがいい方に転じて、緊張感から口が回らない新人ぽさがリアルに出ていて、それがキレるシーンでの罵詈雑言を淀みなく話すシーンに繋がり、検事としての場慣れ感の演出にもなっていて、それは監督の手がらだけど、その詰まったから辞めるのではなく、詰まりながらも二宮は詰まりを意に介さず演技をしていて、そのあたりのプロ意識、本当にこの人はすごい役者だと思い知らされましたね。 

 二度の尋問。あのシーンだけでも何度も見たいです。

 というわけで、個人的に危惧してたジャニーズ役者の是非、ひいては、木村拓哉だからマズイという点はなく、むしろレベルとしてはかなり高くてその辺はもう大満足なんですけど、じゃあ肝心の作品についてはというと。

 「正義」を問いかけるテーマは非常に良い。しかし監督独自のメッセージ性が強くですぎる。それがノイズになっていたと思います。

 「インパール作戦」

 原作ではこの単語一切出てこなくて、最大の改変ポイントだと言われています。この単語が劇中幾度と使われ、ちなみに「インパール作戦」は第二次対戦中の敗戦間近の日本が行った、「無能作戦」で多くの日本兵が無駄死にし、一説によると作戦の失敗が続き、飢えにより日本兵同士で人肉を食い合うような惨事となったそうな。

 その「作戦」への固執、今回の最上の「正義」への固執。それが凄惨な事態を引き起こすというような対比にしているというのは理解できる。(この解釈で正しいかはおいといて)ですけど原田監督があまりにも作品に込めるメッセージ性がこの作品の原作の追求していた「正義とは」というテーマと食い合っていたような気がします。もちろん最上と、戦時下の日本軍上層部の「固執」という点においての対比として理解はできる。そしてその当時、軍上層部が戦争継続を正しいこととして考えていて、それにこだわるという理由も十分理解できるんです。

 でも今作品ではそれを最上の行う「正義」の暴走と比較するようなストーリーは正直相性が良くなかったかな。

 あくまで僕は、司法での「正義」

 人として「悪」を裁きたい、法で裁けない「悪」にどうにか罪を償わせたい、というそれぞれの人間のもつ「正義感」

 「悪」は許せないが、あくまで決められた「法」に従い、罰を与える、それこそが
検事」だ。というぶつかり、つまり原作の「正義」のぶつかりを素直描く。それでも十分に見応えのある作品になったと思います。デスノートの月とLや夜神総一郎の意見のぶつかりを想像していただければわかりやすいかな。

 逆に原作からの改変でよかった点は、原作では「正義」のぶつかりに一応、一つの結論が出るんです。

 ネタバレになるかもしれませんが、最上の逮捕という形、つまり、世間からみれば最悪の「クズ」である松倉を追い詰めるため、彼に別の罪を被せ死刑にさせる、冤罪を画策する。そのような最上のやり方を否定する、その結論に達しているんですけど、今作では彼はまだ逮捕されることはない。その冤罪にするために、真犯人を殺してまで罪を松倉にかぶせようとするために、彼は超えてはならない一線を越える、原作ではそのことに対するケジメがつくとも言えるんですけど。

 今作では最上は逮捕されることなく、沖野が「師」として憧れていた最上と袂を別つ、この後も「正義」のぶつかりは続くというような示唆をして終わるんですけど、これは一つの結論で片付けられない、ある意味で観客にどう捉えるか? という問いかけのようにも思えるんですけど、綺麗事では片付けられない、それも人間の心理だよね? と突きつけられる後味の悪さは個人的には好きですし、ここはよかったと思います。

 あ、言い忘れてました。

 松重さんのヤクザの万能感がちょっとリアリティないかな、とか思ったりもしたんですよ。そのような細かいツッコミどころはあったりするんですけどね。

 

 個人的には監督のメッセージ性は必要ないかな、と思ったり、原作よりも結論が不明確な点、我々への問いかけになっていて、その辺はブラッシュアップされていたり、見た後に考えさせられるというのは、好きな映画の一つのポイントでもあるので、そこはいいなと思います。

 木村拓哉だから、二宮和也だから。と、そんな危機感が徒労になったのも個人的には嬉しく、監督のメッセージ性の是非、原作からの改良点を語れる作品で、本当によかったと思います、映画として人と作品論をぶつけあえる作品であることは間違いないですし、興味深い一本であることは間違いなですしね。

 そうそう。木村拓哉が「HERO」久利生役で作った、検察は「正義」である。

 というある意味でデフォルメされた「検察イメージ」

 不正にまみれてでも、一線踏み越えても、ある意味で間違えた「正義」を遂行する。「HERO」が否定した「検察観」

 それを木村拓哉が自ら演じるキャラで否定する(検察の不正、冤罪も今日にある問題ですよね)というのは非常に興味深く、この最上を彼が演じたことに大きな意義があるとも思います。

 今後はこういう「汚く」「悪」な役、全然はまり役になれる思いますよ。

 レオナルド・ディカプリオもタイタニックでの王子様、アイドルイメージから脱却するために、色々なクズ役、マジゲロはくような汚いシーンに体当たりで挑み、結果オスカーとったんですから、木村拓哉もその路線目指せばいいんだと思います。

 特に「悪役」結構いい線いけると、今回思いましたよ!!

 というわけで、キムタクだから、嵐だから、二宮だから。それはノイズになりそう。とか思っていた昨日の自分をぶん殴ってやりたいと思いました。

 一つの映画として内容を語り合える作品だと思います。

 ぜひご鑑賞お勧めいたします!!!

 

 

 


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ヤクザ https://t.co/qg3ig174QE
埼玉県農業共同組合中央会 JA埼玉県青年部協議会 はウチ(オレ、両親、会社)全ての情報把握してるにもかかわらず、担当として名前名乗らねえ。ヤクザでも名乗るだろ。少なくとも今日対応したあのヒョロガリメガネ(名前知らん)が名前名乗って… https://t.co/5gzkihyUf6
@1hika1634 ヤクザちゃうわくらしちゃろか卍

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